汗をかく、15時

 

「あっついわー。」

 

そう言ってわしゃわしゃとシャワーを浴びた後にするようにタオルで髪の毛の汗を拭う。

こいつのこういうガサツな所がとてつもなく嫌いだ。おまけに今日は、その汗の雫が自分の鼻の先に乗る。それを瞬時に自分のTシャツの袖で拭き取った。最近、家にあるTシャツの右の袖がもれなく全部少し伸びている原因はこれか、と気づき余計に腹が立った。

 

こいつがネタ合わせの時にタオルと三ツ矢サイダーを持ってきたら、それが夏の合図だ。

ネタ合わせをして、改善点をノートに俺が書いている間に、横にどかっとあぐらを組んで座って、何を言うでもなく、コンクリートの上に置きっ放しにして、ぬるくなって気が抜けた三ツ矢サイダーを喉をゴクゴクと鳴らしながら飲む。これがここ5年の俺の夏の合図だ。

なあ、と俺が声をかけると三ツ矢サイダーを飲んだままこちらを見た

 

「なんで漫才の最後って もうええわ とか

辞めさせてもらうわって言うんかな」

 

不思議そうな顔をして俺を見たまま小さくゲップをした。ほんのりと漂ってくるカレーのにおいに、更に苛立った。

 

「わからん。」

「ちょっとは考えろや」

「退勤の打刻みたいなもんやろ」

 

帰りますーって合図やろ。と言いながら今度は携帯をイジり出した。ちらっと見えた画面は、前に見せてもらったマッチングアプリのものだった。実際の身長は165cmなのに170cmで入力し、年収を400〜600万円で登録していると言っていた。俺は詐欺罪として立件されるのも時間の問題だと思っている。

ちなみに、退勤の打刻理論でいくと、はいどうもーは出勤の打刻になる。約5分間のタイムカードを俺たちは押しているのか。

 

見にきている人よりも椅子の方が多い劇場に出勤し、笑いを取った量が仕事量だとするなら、ほぼ仕事をせずに退勤する。なんて効率の悪い働き方だ。おまけにそのタイムカードを押せるのは月に片手で収まる回数くらいしかない。

 前は両手で収まるくらいだったのが、徐々に減ってきて今や片手だ。

 

ネタ合わせをするのにこれからの季節、外ではしんどい。一度、図書館の郷土資料室という所でブツブツとネタ合わせをしていたら

「君達も地元の歴史に興味があるのか!」

と言いながら入ってきた白髪の角刈りのおっさんに、昼から閉館の17時まで歴史について語られた。割と序盤で自分達はここの地元のものではないと伝えたけれど、もはやそんなことはどうでもよくて、話せることが気持ちよくなったおっさんを、俺も相方も制止することができなかった。それ以来、図書館には行っていない。

 

となるとカラオケが最適な場所なのだが、カラオケに行く金すら惜しくて、俺達は劇場から少し離れた所にある広場でネタ合わせをしている

広場には木陰や、周囲の他の建物のおかげで出来た日陰がある。ここまで向かう間、そこが取られないようにと祈りながら来る。

しかし、今日は日陰を恐らく後輩であろうコンビ達に取られてしまい、太陽が照りつける一番国道から近い場所でネタ合わせをしている。

 

周りの奴らは、一体どれくらいの出退勤がタイムカードに打刻されているのだろうか。

聞いてみたかったけど、怖くて出来なかった。

自分達よりも後輩が、どれだけのステージに立っているかどうか聞いたところで、多ければ嫉妬で喉の奥が焼けそうになるし、少なければホッとするけれど、そうやって優越感に浸ろうとする自分に嫌悪して寝る前に布団の上でゴロゴロと転がるのが関の山だ。

 

「はよいっぱい退勤の打刻出来るようになろな」

 

と言った相方の顔を見たら、ゾッとする程のドヤ顔だったので、一発どついてやろうかと思ったが、歯になぜか青のりがついているのが見え

苛立ちが一瞬で、呆れになり、最後は笑いへと姿を変えた。

俺も同じことを考えた、ということは、もう少し年月が経ってから言おうと思った。